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      <title>æ±Ÿæ?¸éŒ¦</title>
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      <description></description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2009</copyright>
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            <item>
         <title> アレルギー </title>
         <description><![CDATA[一般によく知られているように、鶏卵は食物アレルギーの原因となる頻度が最も高い食品である。乳幼児によく見られるものの場合、主に卵白に含まれる蛋白質のうちのいくつかが強いアレルゲン活性を示すことが知られており、これらの活性は加熱によって多少軽減されることも知られている。卵を生のまま食べる形態となる卵かけご飯、特に栄養価として改善効果がより高いと思われる全卵を用いた卵かけご飯は鶏卵アレルギーを持つものにとって最も過酷な摂取条件となる。基本的に卵アレルギーは重篤な症状を示す傾向があり、この場合、卵かけご飯を食べることはできない。なお、鳥飼育歴のある女性を中心に、成人になってから鶏卵アレルギーを示すことが希にあるが、この場合、卵黄に含まれる蛋白質が主たる原因となっている。

実験的には、生の状態に近いアレルゲン活性を低減させた卵白が作られている。現在でも研究が進められている低アレルゲン性卵白の製造が可能になり、低アレルゲン化卵が実用化されれば、アレルギーの寛解を導く食品として卵かけご飯を利用するようになる可能性はあるかもしれない。
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米も食物アレルギーの原因となる事が知られている食品の一つであり、アレルゲンは糠の部分に含まれている事がわかっている。程度にもよるが、米アレルギーの症状が軽い場合、無洗米あるいは低アレルゲンをうたった米ならば摂取可能な場合がある。

通常の醤油は、アレルギー源となる事で知られる大豆あるいは小麦を原料として使用しており、これらに対してアレルギーを起こす事がある。この場合、ゴマ、アワ、ヒエあるいはキビといった雑穀を原料とした醤油を使う事で、アレルギー症状の発現を抑えられる場合がある。]]></description>
         <link>http://cfbcyw.misojide.com/2009/12/post_34.html</link>
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         <pubDate>Fri, 04 Dec 2009 20:49:21 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>CFSは比較的新しい疾病概念であるが</title>
         <description><![CDATA[CFSは比較的新しい疾病概念であるが、古代医学の巨人ガレン（AD130?201年）の著書の中にもCFSの病態のように思われる記述が残っている。18世紀にも裕福層に多く同様の病態の患者がいた記録が残っており、著名人の中でも、フローレンス・ナイチンゲール、チャールズ・ダーウィン等も同様の病状のようであったようだという記録が残っている。

1930年代から1950年代にかけて、世界各国60ヶ所以上で発症例が報告された。主な国はアメリカ・イギリス・オーストラリア・アイスランド・ドイツである。当時はCFSという概念がなく、発症した病院名や地域の名をとり、ロイヤルフリー病・アイスランド病などと呼ばれ、異形ポリオ・集団ヒステリーなどではないかと推察されていた。
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1930年代後半に、筋痛性脳脊髄炎という名で免疫・神経学的な研究がなされ、WHOによりCFSは、中枢神経系の病気であると、1969年に分類されている。そして、1992、1993年には、"ME（筋痛性脳脊髄炎）"と"CFS（慢性疲労症候群）" 両疾病概念は、WHOの国際疾病分類 ICD-10 G93.3 PVFS（感染症後疲労症候群）にまとめられた。

1984年には、アメリカ・ネバダ州にある人口約2万人のインクラインで、人口の約1%にあたる約200名が強い疲労などを訴えた（ネバダ・ミステリー）。アメリカ疾病予防管理センター(CDC)が調査に乗り出し、病名を慢性疲労症候群 とした。1988年には診断基準も作成された。当初、未知のウイルスの関連が考えられていたが、現在は否定されている。 ただ、一部の症例ではウイルスや他の病原体が原因となっている可能性があると報告されている。]]></description>
         <link>http://cfbcyw.misojide.com/2009/11/cfs.html</link>
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         <pubDate>Sun, 29 Nov 2009 02:14:49 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>校倉の利点として</title>
         <description><![CDATA[校倉の利点として、湿度の高い時には木材が膨張して外部の湿気が入るのを防ぎ、逆に外気が乾燥している時は木材が収縮して材と材の間に隙間ができて風を通すので、倉庫内の環境を一定に保ち、物の保存に役立ったという説があった。しかし、実際には、重い屋根の荷重がかかる校木が伸縮する余地はなく、この説は現在は否定されている。 現存する奈良時代の倉庫としてはもっとも規模が大きく、また、奈良時代の「正倉」の実態を伝える唯一の遺構として、建築史的にもきわめて価値の高いものである。

校倉造の宝庫は長年、宝物を守ってきたが、1952年に鉄筋コンクリート造の東宝庫、1962年には同じく鉄筋コンクリート造の西宝庫が完成し、翌1963年、宝物類はそちらへ移された。現在、宝物の大部分は西宝庫に収納、東宝庫には修理中の品や、西宝庫に収納スペースのない、大量の染織品が収納されている。現在、勅封はこの宝庫に施されている。

皇室用財産（宮内庁の各部局（長官官房、侍従職、書陵部、三の丸尚蔵館、京都事務所、正倉院事務所）が管理する国有財産）の一連の文化財は、「宮内庁による十分な「管理」が行われている」との宮内庁見解にもとづき、文化財保護法による指定の対象外となっている。そのため、正倉院の建物や宝物も国宝・重要文化財等には一切指定されていなかった。しかし、「古都奈良の文化財」がユネスコの世界遺産として登録されるにあたり、当該文化財が所在国の法律によって保護の対象となっていることが条件であることから[5]、正倉院の建物も、正倉院正倉として1997年5月19日、文化財保護法による国宝に指定された（国宝に指定されたのは宝庫の建物だけで、宝物類は指定されていない）。
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正倉院の構内にはもう1棟、小型の校倉造倉庫が建ち、「聖語蔵（しょうごぞう）」と呼ばれている。これは東大寺尊勝院の経蔵を移築したもので、鎌倉時代の建物である。ここに収蔵されていた経巻類約5,000点は明治27年（1894年）に皇室に献納され、現在は他の宝物と同様に宮内庁正倉院事務所が管理している。]]></description>
         <link>http://cfbcyw.misojide.com/2009/11/post_33.html</link>
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         <pubDate>Tue, 24 Nov 2009 00:58:52 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>富士山は標高は</title>
         <description><![CDATA[富士山は標高は高いが、日本の他の高山に比較すると高山植物などの植生に乏しい。これは富士山が最終氷期が終了した後に山頂から大規模な噴火が繰り返したために山の生態系が破壊され、また独立峰であるため、他の山系からの植物の進入も遅れたためである。しかし、宝永山周辺ではいくらか高山植物が見られる。

中部山岳地帯の高山の森林限界の上にはハイマツ帯が広がっているのが通例であるが、富士山にはハイマツ帯は欠如し、その代替にカラマツ林が広がっている。
宝永山（ほうえいざん）は宝永4年（1707年）の宝永大噴火で誕生した側火山（寄生火山）である。富士山南東斜面に位置し標高は2,693 mである。宝永山の西側には巨大な噴火口が開いている。これらは間近で見ることができ、そのための登山コースも整備されている。
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火山噴火予知連絡会（気象庁） - 富士山のみを限定するものではないが、日本の火山活動についての検討を実施する。状況に応じて見解を発表するが、噴火の日時を特定して発表することはない。定例会は年3回実施されるが、噴火時には随時開催される。2000年10月に富士山の低周波地震が増加した際は、ワーキンググループが設置され、富士山に関する基礎データの収集・整理、監視体制の検討、火山情報発信の方法などが集中的に検討された。 ]]></description>
         <link>http://cfbcyw.misojide.com/2009/11/post_32.html</link>
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         <pubDate>Wed, 04 Nov 2009 01:28:19 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>水草</title>
         <description><![CDATA[水草（みずくさ）とは、高等植物でありながら、二次的に水中生活をするようになったものを指す名称である。主に淡水性のものを指し、被子植物、シダ植物に含まれるものがある。時にコケ植物や、形態的な類似性から車軸藻類を含んでそう呼ぶ場合もある。

庭園の池や泉水での栽培や、熱帯魚飼育などとの関係で、アクアリウムなど、観賞用に広く使われる。
高等植物は、本来は陸上生活に適応して進化したものなので、水中で生活する植物はそれほど多くない。この点ではコケ植物も同様である。水中生活をするものの中でも、たいていは淡水産のもので、海産のものはさらに少ない。海産のものは、特に海草（かいそう、海藻ではない）と呼ばれる。
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水中生活と言っても、完全に水中だけで生活するものは多くない。 根元が水中に浸っているだけのものを湿地植物、根が完全に水面下にあり、茎や葉が水中から水面上に伸びるものを抽水性植物、葉が水面に浮かんで、その表面が空気に触れているものを浮葉性植物と言う。植物体が、完全に水中にあるものを沈水性植物と言い、狭い意味ではこれを水草という場合もある。しかし、沈水生植物であっても、花は空気中で咲かせるものが多い。また、条件次第で空気中に葉を出すものもある。

水中の環境は、陸上に比べると水に恵まれ、乾燥への対応を迫られることの多い陸上に比べ、その点では楽である。また、体を支える必要もない。そのため、水草の体は軟弱であるものが多い。]]></description>
         <link>http://cfbcyw.misojide.com/2009/10/post_31.html</link>
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         <pubDate>Wed, 28 Oct 2009 00:14:37 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>文化審議会文化財分科会企画調査会は</title>
         <description><![CDATA[文化審議会文化財分科会企画調査会は、2007年（平成19年）10月の報告書において、文化遺産を分野を超えて、かつ周辺環境を含めて総合的に保存・活用し、これを核として地域づくりを進めるための歴史文化保存・活用区域の制度を提言している[18]。この制度は、市町村が「歴史文化基本構想」を策定し、関連する建造物や伝統習俗など有形・無形の文化遺産を「関連文化財群」と位置づけて、「歴史文化保存・活用区域」を設定するものである。文化庁では文化財保護法を改正してこの制度を盛り込む方針であるが、法改正は未着手である。

文化財保護法に基づき、文化庁は国宝や重要文化財等の所有者に対し、保存修理の費用や火災や盗難の被害から防ぐための防災設備の整備費用を公費により助成している。重要無形文化財および文化財保存技術に関しては、保持者・保持団体が行う技術伝承のための事業に対して補助を行い、無形文化財等の映像記録等を製作している。地方公共団体による史跡等の公有化に関しても助成を行っている。税制面では、租税特別措置法の規定により、個人が重要文化財として指定された物件を国、地方公共団体、国立文化財機構等へ譲渡した場合、譲渡所得は非課税となる。他にも相続税、固定資産税、特別土地保有税、都市計画税の減免等の税制優遇がある。
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1966年（昭和41年）に制定された古都保存法は、日本の往時の中心地として歴史的価値を有する地域を「古都」と位置づけ、その建造物や遺跡を後世に引き継ぐため、国土交通大臣が歴史的風土保存区域を指定し、開発行為に一定の規制を加えることを規定している。]]></description>
         <link>http://cfbcyw.misojide.com/2009/10/post_30.html</link>
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         <pubDate>Sun, 18 Oct 2009 04:31:05 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ヒスタミン (histamine) は分子式C5H9N3</title>
         <description><![CDATA[ヒスタミン (histamine) は分子式C5H9N3、分子量 111.14 の活性アミンである。

ヒスタミンは食物から直接体内に取り込まれるほか、生体内で合成される。

体内での合成 
ヒスチジン脱炭酸酵素[2] [3](HDC)により必須アミノ酸であるヒスチジンから合成され、主にヒスタミン-N-メチル基転移酵素[4] [5]、やジアミン酸化酵素[6] [7]等で分解され、その後、イミダゾール酢酸[8]となり排出される。肥満細胞中に高濃度で存在し、肺、肝臓、胃粘膜、脳などにも存在し、それぞれの生理機能を担っている。

細菌による合成 
ヒスタミンを産生する菌は、ヒスチジン脱炭酸酵素を有するもので、Morganella morganii (モルガン菌）、Klebsiella oxytoca及び好塩性菌のPhotobacterium phosphoreum、Photobacterium damsela等が知られている。なお、Photobacterium属菌の中には0℃の低温で増殖するものがある[9]。これらの細菌により合成され、食品中(発酵食品、チーズ、鮮度の落ちた魚)に蓄積された、ヒスタミンは食中毒の原因となる[10]。なお、Morganella morganiiによると考えられる、血小板輸血後の敗血性ショック症状も報告されている[11]。

 主な作用 [編集]
肥満細胞のほか、好塩基球やECL細胞（enterochromaffin-like cell）がヒスタミン産生細胞として知られているが、普段は細胞内の顆粒に貯蔵されており、細胞表面の抗体に抗原が結合するなどの外部刺激により細胞外へ一過的に放出される。また、マクロファージ等の細胞ではHDCにより産生されたヒスタミンを顆粒に貯蔵せず、持続的に放出することが知られている。

血圧降下、血管透過性亢進、平滑筋収縮、血管拡張、腺分泌促進などの薬理作用があり、アレルギー反応や炎症の発現に介在物質として働く。ヒスタミンが過剰に分泌されると、ヒスタミン1型受容体(H1受容体)というタンパク質と結合して、アレルギー疾患の原因となる。
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神経組織では神経伝達物質として働き、音や光などの外部刺激および情動、空腹、体温上昇といった内部刺激などによっても放出が促進され、オキシトシン分泌や覚醒状態の維持、食行動の抑制、記憶学習能の修飾などの生理機能を促進することで知られている。

 受容体 [編集]
ヒスタミンは特異的な受容体を介してその作用を発揮する。現在のところ4種のGタンパク質共役型受容体が発見されており、受容体によりヒスタミンが結合したときの作用が異なる。ヒスタミン受容体の作用を抑えるのが抗ヒスタミン薬であるが、成分によって抗アレルギー、胃酸抑制の作用を示す。

H1型--平滑筋、血管内皮細胞や中枢神経などで発現し、炎症やアレルギー反応に関わる。 
H2型--消化管の細胞などで発現し胃酸分泌反応に関わる。 
H3型--中枢神経系などで発現し、ヒスタミン、セロトニン、ノルアドレナリンなどの神経伝達物質の放出を促進する。 
H4型--2000年にクローニングされた。胸腺、脾臓、小腸などで発現が確認されている。H1受容体拮抗薬で抑えられない痒みにH4受容体が関与しているのではないかといわれているが、詳細な働きはまだわかっていない。 
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         <pubDate>Thu, 18 Jun 2009 10:53:14 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title> 自然選択説の代替理論</title>
         <description><![CDATA[ダーウィンの進化理論は多くの批判・反論を受けたが、多くの支持も得て次第に影響を広げていった。この影響はその後、自然科学の枠外にまで広がった。しかし進化を駆動する原因として自然選択説の承認は時間がかかった。ジュリアン・ハクスリーはこの時期を「ダーウィンの黄昏」と呼んだ。19世紀後半以降、自然選択説の代替理論として有力視された代表的なものは有神論的進化論、ネオラマルキズム、定向進化説、跳躍説である。
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有神論的進化論は神がその創造のプロセスとして生物の進化に介入したと考えた。これはアメリカでダーウィンを強く支持した植物学者エイサ・グレイによって広められた。しかしこの考えは科学的に非生産的であり、1900年までに科学的な議論からは消えた。

定向進化説はより完全な方向に向かって直線的に生物が進化するという概念である。この考えも19世紀にはかなりの支持者がおり、アメリカの古生物学者ヘンリー・フェアフィールド・オズボーンがその代表である。定向進化説は特に古生物学者の間で人気があり、彼らは20世紀半ばまで化石記録が段階的で安定した方向性を示していると考えていた。

跳躍説は新しい種が大きな突然変異の結果として出現するという考えである。ダーウィンの強力な支援者であったトマス・ハクスリーも「自然は飛躍しない」というダーウィンの主張に疑問を呈し、跳躍的な進化を先験的に排除すべきではないと考えた。アーガイル公など当時の進化論の支持者の多くも神の形を変えた創造を進化に持ち込もうと試み跳躍説を支持した。ユーゴー・ド・フリース、ウィリアム・ベイトソン、そしてトーマス・ハント・モーガンも経歴の初期には跳躍論者だった。これは突然変異説発見の基盤となった。

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         <link>http://cfbcyw.misojide.com/2009/06/post_29.html</link>
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         <pubDate>Mon, 01 Jun 2009 07:07:37 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ランデーチョはすぐに都に上って</title>
         <description><![CDATA[無一文となったランデーチョはすぐに都に上って秀吉に直接抗議しようと決めたが、長宗我部元親の許可がなかなか得られず、12月になってようやく都に上った。しかし、都では交渉の仲介を頼もうとしたフランシスコ会などスペイン系の宣教師たちが捕らえられていた。彼ら宣教師はやがて処刑されることになる。

当時日本にいた宣教師ルイス・フロイスもこの事件の顛末を述べているが、そこでは「漂着した船舶は、その土地の領主の所有に帰するという古来の習慣が日本にあったため」積荷が没収されたと述べている[1]。歴史書でもしばしば「「漂着した船の積み荷には、その土地へ所有権が移る」のがこの時代の海
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事法(廻船式目)であったため」というような記述が見られるが、そのような言い方は誤りである（廻船式目とは鎌倉時代に当時の海上の慣習を文章化した上で鎌倉幕府の裁可を得たものだが、後に長宗我部元親がこれを発見し、豊臣秀吉の「海路諸法度」（1592年）の元になった）。

廻船式目では第一条で難破船の積荷の扱いについて述べているが、難破船に生存者がいない場合はその資産を漂着地の神社仏閣の造営費にあててもかまわないと述べており、「海路諸法度」では漂着船がでて積荷を入手したものがいても、船主から請求があった場合、ただちに積荷を返さなければならないと述べている。つまりサン=フェリペ号の場合、廻船式目でも海路諸法度でも積荷の権利はスペイン人船員たちに保障されているのである。

その後、船員たちの度重なる申し出を受けて、サン＝フェリペ号の修繕が許され、一同は1597年4月に浦戸を出航し、5月にマニラに到着した。マニラではスペイン政府によって本事件の詳細な調査が行われ、船長のランデーチョらは証人として喚問された。その後、1597年9月にスペイン使節としてマニラからドン・ルイス・ナバレテらが秀吉の元へ送られ、サン=フェリペ号の積荷の返還と二十六聖人殉教での宣教師らの遺体の引渡しを求めたが、果たせなかった
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         <link>http://cfbcyw.misojide.com/2009/04/post_25.html</link>
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         <pubDate>Tue, 28 Apr 2009 11:42:16 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>和帝 (漢)</title>
         <description><![CDATA[和帝（わてい）は後漢の第4代皇帝。

操られた皇帝 [編集]
章帝の四子として生まれる。生母の梁貴人は宮廷内での争いの中で章帝の皇后・竇氏によって殺される。88年（章和2年）に9歳で即位。幼少のため即位当初は竇太后が垂簾政治を行い、皇太后の兄である竇憲らが外戚として政権を握ることになる。竇憲は匈奴討伐にも戦功を上げて、大将軍となった。

 外戚の排除と宦官の台頭 [編集]
和帝は成長するに及んで竇憲に対し反感を抱くようになり、実権を自らの元に取り戻そうと考えるようになった。一方の竇憲も和帝の気持ちを察し、これを害そうと画策し始めた。その動きを察知した和帝は、ひそかに竇氏誅滅を計画した。和帝が密謀の相談役に選んだのは宦官の鄭衆（ていしゅう）であった。彼を用いたのは、宦官ゆえに密謀を行うに都合がよいことと、鄭衆自身が皇帝に対する忠誠心の厚い、明晰で行動力のある人物だったからである。92年（永元4年）、竇憲を宮廷内におびき出し、大将軍の印綬を取り上げ実権を剥奪、領地において自殺を命じた。これにより和帝は竇一族から政治の実権を取り戻すことに成功した。鄭衆はこの功績により鄲郷侯に封じられ、大長秋の官を授けられた。和帝はその後も鄭衆を信任し続けたため、これ以後宦官が政治に深く関わるようになった。鄭衆自身は政治的には確かに有能で、しかも私心のない人物であったから、彼が政治に参与していた間は問題が表面化することはなかったが、それ以降の宦官の多くは、政治的には無能で金銭に貪欲な人物が多く、彼らの跳梁により政治の腐敗が深刻化した。
また、和帝以後も後漢では幼帝が即位し続け、外戚勢力と宦官勢力との間で激しい争いが続くことになる。このようなことから「後漢は和帝の時から衰退を始めた」とする意見が多い。

 領土拡大と紙の発明 [編集]
外征面は後漢で最も栄え、西域の50余国が後漢に従った。これは班超個人の力量に拠るところが大きく、班超の死後は後漢の西域における影響力は急速に衰えた。また文化的には、班固・班昭兄妹により『漢書』が完成し（92年（永元4年）、蔡倫によって製紙法が改良された（105年（永元17年）ことがあげられる。

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         <pubDate>Mon, 13 Apr 2009 07:57:44 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>和帝 (漢)</title>
         <description><![CDATA[和帝（わてい）は後漢の第4代皇帝。

操られた皇帝 [編集]
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         <pubDate>Mon, 13 Apr 2009 07:57:44 +0900</pubDate>
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         <title>禁欲（きんよく)</title>
         <description><![CDATA[禁欲（きんよく）とは、生物（動物）が普遍的に感じるであろう様々な欲求・欲望（→欲）を、理性で抑えること。類義語は我慢（がまん）である。

人間には、様々な欲望があるため、それらを抑える様々な様式があり、また理由も様々である。一般に広く見られる様式では、食欲を抑える断食と、性欲をおさえるものであるが、その一方で物欲や出世・地位に対する欲望といった人間固有のものを抑えることもある。

中には睡眠欲や排泄欲のように、動物の生理機能上で欠く事のできない（欠かせば健康に極めて有害である）ものを抑えようとする者もいる。ただし流石に5大欲求の一つである呼吸まで我慢しようとする者は稀である。

特に宗教関連の禁欲では、性欲を抑える事を指す傾向が見られ、この中では自慰行為も禁止している場合もあるが、その一方で男女の交わりのみを禁止していたり、同性間のみの関係をタブーとして禁止していたりと、宗教や文化によって様々な様式が見られる。

形容詞としての禁欲 [編集]
形容詞として「禁欲的」とする場合は、一般の大衆が好むであろう事柄を、余り好まない人の行動や傾向を指しているとされる。

これには個人の嗜好や趣味に拠るところもあり、あるいは個性の一端でもある。当人にしてみれば、それらに対して欲望を感じていないケースまである。例えば非性愛者は性行為を楽しもうとは思わないし、下戸は宴会の席で酒類の鯨飲はしない。

例え禁欲的と評されたとしても、当人にその欲求が無いか弱い場合は、本来の意味の禁欲では無いと思われるが、禁欲的という表現が客観によるものだけに、しばしば見受けられる。

 意義 [編集]
本来、これらの欲求は生物としてのヒトが、その生存の用を足すために発達してきた物であり、例えば人間に顕著に見られる社会的欲望（支配欲や権力への欲求など）も、社会的動物である所の人間が、より強固な社会を得たいとする欲求の一端といえる。

しかしこれら欲求も、度を過ぎれば社会にとって問題となる傾向が見られる。例えば食欲が、属する社会に食料が余り豊富に無く、一部の者がこれを食べてしまうと全体に行き渡らない場合に、その社会の各々が多少は食欲を制限しないとならなくなる。また性欲についても、無闇に子を成せば、それらの養育で社会の貧困が進むような場合には、やはり抑制されなければ社会的危機となる。

その一方で、精神修養のために断食や粗食を通して、あるいは性欲を抑える事で、より高度な精神性を獲得できるという考えもある。これは主に神秘主義や宗教に顕著な傾向だが、これらの思想は元を正せばより良い社会の構築をめざしているだけに、各々の個人に欲望に妄りに耽らない強い精神的な力を求めた部分に関連すると考えられる。

しかしその精神修養の一部には、極めて高度な精神性を獲得する事で、聖人のように奇跡を起こせると信じている人たちもいる。なおこの奇跡の中には、集団幻覚や身体が危機的状態に陥ってせん妄状態（→妄想・妄執）を起こしていた可能性も含まれるため、禁欲により奇跡が起こせるかどうかは微妙である。

 問題点
これら禁欲であるが、生存に不可欠な欲求を理性で抑える事により、過度に行えば身体に何らかの悪影響を及ぼす場合がある。例えば断食では、これによって死亡ないし栄養失調で健康を害した事例は数知れない。ただきちんと栄養管理された断食は、ダイエットや健康ブームにおける健康法としても利用されている。ただこの健康を目指した断食も、一部の医学的根拠の無い提唱者によるものでは、やはり健康被害を受けたという事例も報告されている。

また睡眠を禁止した場合、精神的な活動に有害な影響があり、これはしばしば拷問に使われている（→断眠）。その一方で、一部の問題のある団体などが精神修養と称して断眠を行わせ、洗脳やマインドコントロールといった問題行為の前駆とするケースすら見られる。

なお、性欲の抑制については男性が射精をしない場合、精子は分解されて吸収されるため、射精の禁欲は生理的には問題がない。
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宗教においては、物欲（世俗欲）を良くないものと捉える傾向がある。そのため、一部の新興宗教の団体は、「物欲を捨てさせる」という名目で自身の団体に個人資産の寄付・寄進を強要する場合がある。但し、伝統宗教（キリスト教や仏教）の一部の宗派の中にも、入信後に個人資産の全てを宗教団体に寄付しなければならないと考えるものがあるため、寄付の強要が必ずしも社会的価値観に反するとは限らない。特にイスラム教では、個人資産（の一部）を寄付することが宗教的義務となっている。

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         <pubDate>Sun, 29 Mar 2009 08:59:48 +0900</pubDate>
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         <title>アリアラテス4世の治下に</title>
         <description><![CDATA[アリアラテス4世の治下に、カッパドキアは共和制ローマとの関係を持つにいたった。最初はアンティオコス3世の主張を支持し敵対者として、それからマケドニア王国のペルセウス王に対抗する同盟者としてである。 王たちはこれ以後、それまで折々に従属してきたセレウコス朝シリアに対抗して、共和制ローマと同盟した。アリアラテス5世はローマの前執政官のプブリウス・リキニウス・クラッスス・ムキアヌスとともにペルガモン王国の王位主張者w:en:Aristonicusに対して軍を進めたが、彼らの軍は殲滅された(紀元前130年)。彼の死後の混乱は最後には、勃興するポントス王国の介入と王朝の崩壊に終る陰謀と戦争を招いた。

カッパドキア人は、ポントス王ミトリダテス6世に対してローマの支援を受けつつ、地元の後継領主にアリオバルザネス1世を選任した（紀元前93年）。しかし、紀元前63年にローマがポントスとアルメニアの王たちを同時に打ち破るまで、彼の支配は確立されなかった。 ローマの内戦中には、カッパドキアはポンペイウスに組し、次にはユリウス・カエサルにつき、またマルクス・アントニウスに従い、そして彼に対抗した。アリオバルザネス王朝は終わりを迎え、その代わりにアルケラウスという人物が、始めはアントニウスの、次にオクタビアヌスの支援によって統治した。この従属的独立は紀元17年まで維持されたが、ティベリウス帝の時代、アルケラウス王の不名誉な死とともに、カッパドキアはついにローマの属州となった。

カッパドキアはいくつかの地下都市を有しており、主として初期キリスト教徒によって、隠れ場所として使用された。４世紀のカッパドキアの神父たちは、初期キリスト教哲学の多くに対して不可欠な存在であった。
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"妖精の煙突"と呼ばれる岩の形成物の間に位置するギョレメ は、トルコの歴史地区カッパドキアの町である。それはアナトリア中央の ネヴシェヒル県 (Nevşehir)にある。ギョレメ国立公園(トルコ語でGöreme Milli Parklar)は、1985年にユネスコの世界遺産リストに加えられた。

この地域への初期の移住は キリスト教が伝播した頃の古代ローマ後期にさかのぼる。史跡の中にはギョレメのオルタハネ、ドゥムス・カディル、ユフス・コックとベジルハネの教会、岩から彫られた家々と縦抗がある。 地下45メートルまでには、広範囲の地下都市が近年発見されている。

登録基準 [編集]
この世界遺産は世界遺産登録基準における以下の基準を満たしたと見なされ、登録がなされた。

(1) 人類の創造的才能を表現する傑作。 
(3) 現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠。 
(5) 特に不可逆的な変化の中で存続が危ぶまれている、ある文化（または複数の文化）を代表する伝統的集落、または土地利用の際立った例。 
(7) ひときわすぐれた自然美及び美的な重要性をもつ最高の自然現象または地域を含むもの。 

 カッパドキア観光 [編集]
カッパドキアには「必見」の場所がたくさんある。たとえば"妖精の煙突"と呼ばれる多様な奇岩、ギョレメ谷、ギョレメ国立公園、岩窟教会、カイマクル・デリンクユあるいはオズコナックの地下都市、ゼルヴェ谷、アヴァノスとその陶器、ウチヒサルの岩の要塞、ウフララ渓谷とソアンル。

サイクリング、ウォーキング、乗馬のツアーもこの地域では人気となりつつある。2005年の公式観光者数は、年に850,000人の外国人旅行者、そして約100万人のトルコ人旅行者が訪れると示している。

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         <pubDate>Fri, 13 Mar 2009 12:38:28 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ウルティマ</title>
         <description><![CDATA[ウルティマのベースとなっているのはアカラベスまたは、アカラベース(Akalabeth)と呼ばれるゲームである。また本作は、2DフィールドスタイルのコンピュータRPGの原形と言われており、ハイドライドやドラゴンクエストシリーズなど多くのコンピュータRPGがウルティマ（もしくはウルティマに影響を受けたRPG）の影響を受けている。

正編となるシリーズは全九作だが、大別すると以下の三部作に分類される。

U1 - U3 
暗黒時代（The Age of Darkness） 
ソーサリアや地球に襲来した悪の権化を打ち倒す英雄の物語。 
U4 - U6 
啓発の時代（The Age of Enlightenment） 
三原理と八徳という道徳理念を導入し、物語の根幹とする。U4ではゲームを通じてそれらを理解し、究めることで聖者アバタールとなるまでの軌跡を描く。その一方、U5では悪役ブラックソーンを通じて価値観の恣意的な曲解や強制から生じる危険性を訴え、U6ではガーゴイル族との戦争から和解に至る経緯を描くことで価値観の異なる他者との共存についての問題提起をするなど、それまでの悪を打ち倒す単純なストーリーから一転して深いテーマ性を持たせ、高い評価を得た。 
U7 - U9 
ガーディアン・サーガ（The Guardian Saga） 
三作を通して、ブリタニアを狙う最強最後の巨悪ガーディアンとの戦いを描く。強大な力を持ちながら敢えて力による征服を行わず、人々の心を腐敗させて悪に導くことでブリタニアを破滅させようとするガーディアンとの戦いは、アバタールにとってこれまで以上に過酷なものとなる。 

作品
以下の作品が存在した、なお()で題名全体が囲ってあるものは開発中止、「後に」が有るものは題名変更、""の内部は略称。

 Akalabeth 1979年
タイトル画面にはUltimaと出る。Ultimaシリーズの起源である。リチャード・ギャリオットが個人的に製品化して店に持ち込んだバージョンと、企業で製品化された2バージョンのあわせて3バージョンが存在する。ロード・ブリティッシュの命により、ダンジョンのバルログを倒してくればゲーム終了となる。地上では2Dであり、地下はリアルタイム3DというU1-5の基礎は既にこの作品で出来上がっていた。また、対立する君主の名前としてLord Mondainが挙げられており、世界もこの段階から作られつつあった。なお、この作品はウィザードリィ(Wizardry) より前に発売されている。

バルログは小説指輪物語(映画：ロードオブザリング)に登場する古代の怪物。映画では第1部のクライマックスで魔法使いガンダルフと戦い、敗れ去った。

akalabethはJ.R.Rトールキンのミドルアース世界に登場する第2紀のヌメノール王国（アラゴルンの祖先）があった島の名から取られた。

Ultima 後に Ultima I the First Age of Darkness "U1" 1980年
Ultimaシリーズの第1作。ソーサリア世界に災厄をもたらす、不死の宝珠を持つ魔導士モンデイン(Mondain the Wizard)を倒す、後にアバタールとなる勇者の冒険。

4つの大陸、8つの城と迷宮を駆け巡ってクエストをこなしつつ、しまいには宇宙空間での戦闘艇戦も経て、王女に授かったタイムマシンを使ってモンデインが絶対的な力を得る前の1000年前の世界に戻り、不死の宝珠を破壊してモンデインを倒すことに成功した。

4大陸の1つである"Lands of Lord British"が後のブリタニアであり、残り3つのうち1つも後の作品で登場することになる。

後にリチャード・ギャリオットの正式なライセンスの下に、似た世界観を持つQuestron（クエストロン）というコンピュータRPGが他社から発売されている。Apple II版は初期版と、U5のツールを使ったリメイク版が存在する。

 Ultima II the Revenge of The Enchantress "U2" 1982年
モンデイン討伐後、彼の弟子であり、歳若い妻でもあった魔女ミナクス(Minax)が復讐を開始する。

ムーンゲートをあやつり時間を移動することができた彼女は、太古の地球である伝説の時代に拠点を構え、歴史に介入して全面核戦争による世界の破滅を成し遂げる。これを修復するために、幾多の時代と太陽系を駆け巡ってミナクスを倒す手がかりを探す物語。

システム的にはほぼU1を踏襲している。

Exodus:Ultima III "U3" 1984年
MondainとMinaxの間で、ひそかに何かが生み出された。それは次第にソーサリアを侵蝕し、ついにその姿を現し始めようとしていた。ロード・ブリティッシュは再び主人公を召還し、その何かを探り、滅ぼすことを命じる。

シリーズ上パーティ制が初めて導入された作品で、Wizardryのように種族、職業が異なるキャラクターを自由に登録し、4人のパーティを編成できる。また、敵と接触すると戦闘画面に切り替わるようになった。戦闘ではタクティカルコンバットが採用され、この形態は改良されながらU7まで引き継がれることになった。

 Ultima IV Quest of the Avatar "U4" 1985年
Exodus滅びし後、ソーサリアを統一したロード・ブリティッシュは、人々の規範になる物を求め、主人公に探索を命じる。主人公の目的は3つの原理と8つの徳を究めた徳の化身アバタールとなることで、そのためには多くの人との交流や神殿での瞑想から徳について学び、自らの行動で実践しなくてはならない。また、ダンジョン「グレート・ステイジアン・オブ・アビイス」にあるという究極の知恵の写本「コデックス」(Codex of Ultimate Wisdom)を手にするため、様々な手がかりを探す必要がある。

Ultimaシリーズにとって大きな転換期となる作品で、世界の名前は「ソーサリア」から「ブリタニア」になり、全土の地形や街・ダンジョンなどの名前と場所はほぼ固定になった。また、U3まで残っていたSF色は完全に排除され、代わりに3原理と8徳の概念の導入、8種類の秘薬を消費する8サークルからなる魔法、ジプシーによる占い形式のキャラクター作成や、アバタールコンパニオンのようなレギュラーキャラクターの登場など、ウルティマシリーズを特徴づける要素が初めて現れた作品である。

 Ultima V Warriors of Destiny "U5" 1988年
アバタールとなった主人公が究極の知恵の写本コデックスをブリタニアにもたらした後、巨大な地下世界の存在が明らかになった。ロード・ブリティッシュは自ら探検隊を率いて地下世界に赴くが、そのまま行方不明となる。国王代行となった家臣ロード・ブラックソーン(Lord Blackthorn)は当初誠実に職務を果たしていたが、謎の3体のシャドーロード(Shadowlords)が姿を現すと同時期に徳を曲解した恐怖政治を敷き、圧政を始める。イオロとシャミノはロード・ブリティッシュを探し出し、玉座に連れ戻すためにアバタールを召還する。

ブラックソーンの国家体制から追われる身となったアバタールは、各地に潜伏してレジスタンス運動を行う仲間たちを探し出し、シャードーロードを倒すとともに、地下世界の迷宮に幽閉されたロード・ブリティッシュを救出しなければならない。

時間の概念が導入され、朝→昼→夜の移り変わりにあわせて人々の生活がリアルに描かれるようになった。

Ultima VI the False Prophet "U6"
1990年発売。現世に暮らすアバタールの前に、再び召喚のムーンゲートが開かれた。しかしムーンゲートを抜けたアバタールは待ち構えていたガーゴイルの集団に捕らえられ、そのまま祭壇の上で生け贄にされる寸前をデュプレ達に助けられる。

再び訪れたブリタニアはガーゴイル族の大規模な侵攻を受け、臨戦状態にあった。ガーゴイル撃退に乗り出すアバタールではあったが、やがて侵攻の原因がかつてコデックスをブリタニアに持ち帰った自分にあること、そのためにガーゴイル世界が崩壊の危機に瀕していることを知り、ブリタニアとガーゴイル世界共存の道を探ることになる。

この作品では最初にIBM PC向けに発売された。グラフィックスは大幅に強化され、町や迷宮が地上と一体で表現されるようになり、戦闘はフィールド上でそのまま実施(戦闘画面に切り替える形態ではない)。この形態はU7まで継続された。

FM-Towns版はボイス付であり、当時のRPGとしては珍しかった。なお英語モードでのロード・ブリティッシュの声はリチャード・ギャリオット自身が当てていた。

World of Ultima: Savage Empire "SE"
1990年発売。現世とブリタニアを結ぶムーンストーンを調査中、アバタールは謎の爆発に巻き込まれ、異世界に飛ばされてしまう。それは恐竜時代のような世界だった。この作品はMartian Dreamsがでた後、World of Adventureシリーズの第1作として扱われた。

World of Adventure 2: Martian Dreams "MD"
1991年発売。アバタールとドクター・スペクターの前に不思議な女性が現れ、荷物を渡して消えた。その荷物には1895年に書かれた書物タイム・トラベルと、ビクトリア期のアバタールとドクター・スペクターの入った写真だった。

登場人物たちは一見ブリタニアとなんら関係がないように見えるが、実はアバタール・コンパニオンの幾人かは形を変えて登場する。

日本語版は全く存在しない。但し、移植用のテキストは作成されたそうである（実際翻訳を担当者談）。

Ultima Underworld the Stygian Abyss "UW,UW1"
1992年発売。現世でぐっすり眠るアバタールの夢に、不思議な老人が現れ「ブリタニアが危機に陥っている」と告げる。急行したアバタールは令嬢誘拐事件の犯人として捕らえられ「お前が本物のアバタールなら娘を連れ戻せ」とGreat Stagian Abyssに放り込まれる。

ウルティマシリーズの世界観は共有しているが、ブルースカイソフトウェア（Blue Sky Software、後のLooking Glass Technology）による作品。

まだFPSというジャンルすら登場していない当時、リアルで高低差のある3Dダンジョンが滑らか且つ高速に描画される様は世界中のゲームファン、ゲームクリエイターに大きな衝撃と感動を与えた。

同年発売されたFPSの元祖と呼ばれる「Wolfenstein3D」よりも、緻密で完璧な3D空間を形成しており、ダンジョンの中で生活しているという感覚を味わえる。発売から十数年が経過した現在に至っても非常に評価の高い作品の一つである。

後にプレイステーションに移植され、日本でも発売されるが家庭用向きにほぼ全てにおいてアレンジが加えられており、その所為か、ユーザーの評価ならびに売り上げは今ひとつ振るわなかった。

 Ultima VII the Black Gate "U7"
1992年発売。現世でパソコン上でUltima VIIのタイトル画面を見ていたアバタールの前に、突然ガーディアンと名乗る存在が現れ、ブリタニアは我が下で新時代を迎えるであろうと言い、去っていった。アバタールは再び現れたムーンゲートに飛び込む。前回の訪問から既に200年が経過していたブリタニアは空前の繁栄を謳歌しており、いかなる脅威も存在しないように見えたが…。これが完結編 Ultima IX Ascensionまで続くガーディアン・サーガの幕開けである。

カルト・人種差別・腐敗選挙・拝金主義・麻薬問題・環境問題など各種の社会問題のほか、不倫や純愛などなどさまざまな人間ドラマが含まれており、シリーズ最高傑作との呼び声も高いが、残念ながら日本語移植版は存在しない。

同名のスーパーファミコン版が日本でも発売されているが、これは移植版ではなく、世界観を模しただけの全く別のゲーム（アクションRPG）であり、その品質の悪さは日本におけるウルティマの評価を下げた一因とも言われている。

システムはオブジェクト指向のUIを持っており、形を変えながらU8、UO、U9に引き継がれた。

日本語化について検討はされたものの文章量が膨大であることに加え、リソースやシナリオ資料の殆どが紛失などによって完全な形で残されはおらず「断念せざるを得なかった」と、当時のオリジン社のずさんな管理をローカライズ担当者は嘆いていたという（作り終えた作品への興味はその時点でストップし、故に管理もいい加減になるとの噂もあり）。

尚、海外のゲームクリエイターが指名するフェイバリットRPGに、このU7の名前が挙がる事は多く、初期作品のみならず、ウルティマシリーズが如何に影響力を持っていたかという事をうかがわせる。

本作の正式な日本語版が発売されていたら、日本におけるウルティマの評価は大きく変わった可能性は高い。

 Ultima VII add-on the Forge of Virtue "U7FV,FoV"
1992年発売。Ultima VII the Black Gateの追加ディスクとして発売された。海中に没したはずのIsle of Fire（エクソダスの居城、後に愛・真実・勇気の三原理の神殿が建てられていた島）が再び浮かび上がり、その探索を命じられる。

Ultima Underworld II Labyrinth of Worlds "UW2"
1993年発売。ガーディアンのブリタニア降臨を阻止してから1年後の復興記念祭の翌朝、ロード・ブリティッシュ城は突然ブラックロックの巨塊に閉じ込められ、外部世界と隔絶されてしまう。

出口を求めてロード・ブリティッシュ城の地下下水道に下りたアバタールは、異世界とのゲートとして機能するブラックロックの小塊を発見し、既にガーディアンの手に落ちた8つの異世界を行き来しながら、ロード・ブリティッシュ城を解放するための手がかりを探すことになる。
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Looking Glass Technologyによって開発された。

Ultima VII part two Serpent Isle "U7p2,SI,U7SI"
1993年発売。ガーディアンのブリタニア降臨を阻止してから18ヶ月後、Fellowshipの長であったBatlinの隠れ家が発見され、そこにブリタニア破壊計画の為にSerpent Isleに往けというガーディアンの指令書を発見したロード・ブリティッシュはアバタールに探索を命じる。Mondainの死後に失われたソーサリアの4大陸の1つで、かつての「the Lands of Danger and Despair」を舞台とする冒険。システムはこの作品で完成を見たが、開発期間が短かったためかシナリオに不満が残る内容となった。日本語版は全く存在しない。

 Ultima VII part two Serpent Isle add-on the Silver Seed "U7SS, SS"
1993年発売。Serpent Isleの追加ディスクとして発売された。オーダー軍とカオス軍による戦乱が続く太古のSerpent Isleに行き、世界のバランスを保つSilver Treeを蘇らせる事が使命。

Pagan:Ultima VIII "U8"
1994年発売。Serpent Isleのラストでガーディアンに捕らわれたアバタールは、既にガーディアンの支配下にある異世界ペイガンに落とされる。この世界から脱出する方法はあるのだろうか？

システムがアクションゲームであり、本国では「これはPrince of Persiaですか?」という揶揄さえあった（SuperUltimarioとも称されたこともあった）。

後にウルティマオンラインにも引き継がれたゲームエンジンやクオータービュー形式の採用など個々の素材には見るべきものはあるが、ゲームバランスが非常に悪く、結局追加ディスクも高解像度版も開発中止となってしまった。

修正パッチ(ver. 2.12)が配布されたが、その一番の目的は、悪名高い「飛び石へのジャンプ」の難易度を修正する（下げる）ことにあったとされる。また、一部の動く飛び石は固定された。他にも重量制限の緩和などバランス調整が行われた。

なお、U8のシステムはアクションゲームであるCrusaderシリーズに流用され、かなりの評価を得た。

Pagan:Ultima VIII speech pack 
音声の追加ディスク。CD-ROM版には最初から入っていた。

Pagan:Ultima VIII add-on the Lost Vale)
U8の追加ディスクとして開発されたが、U8があまりにも売れなかったため、発売直前で中止された。

ガーディアンを信奉するペイガン人に敗れた、「古なる者」（Ancient Ones）を崇める古来のジーラン人の生き残りが隠れ住む谷が舞台となる予定だった。

Ultima Online the Shattered Legacy "UO"
1995年アルファ版公開、1997年発売。Multiplayer Ultimaなどとも称されたウルティマシリーズのオンラインゲーム、インターネットを介した本格的なオンラインゲームの草分けである。詳細はウルティマオンラインに譲る。このゲームがUltimaシリーズとOrigin Systemsの命運を大きく左右する事となった。2006年12月現在、リリース済みのシリーズは以下の通りである。

Ultima Online the Second Age "UOT2A,T2A" 
Ultima Online Renaissance "UOR,UO:R" 
Ultima Online Third Dawn "UO3D,UOTD" 
Ultima Online Lord Blackthorn's Revenge "UOLBR,LBR" 
Ultima Online Age of Shadows "UOAoS,AoS" 
Ultima Online 7th Anniversary Edition 
Ultima Online Samurai Empire "UOSE" 
Ultima Online Mondain's Legacy "UOML" 
Ultima Online the Eighth Age 
Ultima Online 9th Anniversary Collection 
UO3D以降はギャリオット退社後でEA色が極めて強く出されており、一部コアファンから「堕落」と非難されている。しかし、本作の大ヒットによりウルティマの魅力を知った人間は多く、特に日本においては度重なる移植の失敗からコンシューマユーザーに悪印象を持たれていたウルティマシリーズの知名度や人気の獲得に大きく貢献した点は否定できない。 
現時点においてはUOMLの本国版店頭販売用パッケージは存在せず、ダウンロード販売用パッケージのみである。 
Ultima Online Gold 
UOT2Aが最初に発表された時の名称だったが、現在はダウンロード販売用パッケージ(AoS相当)の名称となっている。 

 Ultima IX Ascension "U9,UA"
1999年発売。ペイガンより脱出したアバタールの最後の戦い。Paganに捕らわれている間にブリタニアはガーディアンの手に落ち、徳の精神は失われて人々の心はゆがめられていた。アバタールは彼らに再び徳の心を呼び覚ますとともに、ガーディアンとの最終決着をつけなければならない。

親会社のエレクトロニック・アーツの指示により、開発途中だったものを急遽発売したため、きわめて不完全な内容に終わった。後にリチャード・ギャリオットがオリジン・システムズを退社（解雇）したためシリーズ最終作となった。

Ascensionの名称には発売前、国内ではさまざまな解釈がなされた。U4で使われた昇華と同様に主人公が昇華すると解釈したものや、上昇と紹介した雑誌もある。実際には「昇天」であった。パッケージにはガーディアンとアバタールの関係が抽象的に描かれていた。

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         <pubDate>Wed, 25 Feb 2009 07:43:15 +0900</pubDate>
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         <title>マウリヤ朝（マウリヤちょう、紀元前317年頃 - 紀元前180年頃）</title>
         <description><![CDATA[マウリヤ朝（マウリヤちょう、紀元前317年頃 - 紀元前180年頃）は、古代インドで栄えたマガダ国に興った王朝である。紀元前317年頃、チャンドラグプタによって建国された。アショーカ王の時に全盛期を迎え、南端部分を除くインド亜大陸全域を統一した。しかし王の死後国家は分裂し、紀元前2世紀初頭、シュンガ朝の勃興により滅亡した。
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いわゆる十六大国の中でも最も有力であったマガダ国ではナンダ朝が支配を確立していた。しかしナンダ朝はシュードラ（カーストの中で最下位）出身であったことからバラモン教の知識人達によって忌避されていた。こうした状況下にあってマガダ国出身の青年チャンドラグプタがナンダ朝に反旗を翻して挙兵した。これに対しナンダ朝は将軍バッサダーラを鎮圧に当たらせたが、チャンドラグプタはこれに完勝し、紀元前317年頃に首都パータリプトラを占領してナンダ朝の王ダナナンダを殺し新王朝を成立させた。これがマウリヤ朝である。

こうしてガンジス川流域の支配を確立したチャンドラグプタはインダス川方面の制圧に乗り出した。インダス川流域はマウリヤ朝の成立より前にマケドニアの英雄アレクサンドロス大王によって制圧されていたが、アレクサンドロスが紀元前323年に死去すると彼の任命した総督（サトラップ）達の支配するところとなっていた。

紀元前305年、ディアドコイ戦争の最中、アレクサンドロスの東方領土制圧を目指したセレウコス1世がインダス川流域にまで勢力を伸ばした。チャンドラグプタはその兵力を持ってセレウコス1世を圧倒して彼の侵入を排し、セレウコス朝に4州の支配権を認めさせてインダス川流域からバクトリア南部にいたる地域に勢力を拡大した。これが直接的な戦闘の結果であるのかセレウコス1世が戦わずしてマウリヤ朝の領域を認めたのかについては諸説あり判然としない。

紀元前293年頃チャンドラグプタが死ぬと、彼の息子ビンドゥサーラが王となり更なる拡大を志向した。ビンドゥサーラの治世は記録が乏しい。彼はデカン高原方面へ勢力を拡大したとする記録があるが、実際には既に制圧済みだった領内各地で発生した反乱を鎮圧する一環だったとする説もある。ビンドゥサーラの息子に史上名高いアショーカがいた。ビンドゥサーラはアショーカと不和であり、タクシラで発生した反乱に際してアショーカに軍を与えずに鎮圧に向かわせたが、アショーカは現地の人心掌握に成功して反乱を収めたという伝説がある。

アショーカ王
 アショーカ王図紀元前268年頃ビンドゥサーラ王が病死すると、アショーカは急遽派遣先から首都パータリプトラに帰還し、長兄（スシーマ？）をはじめとする兄弟を全て（仏典によれば99人）殺害して王となったと伝えられる。しかしこれは王位継承の争いが後世著しく誇張されたものであるらしく、実際にはアショーカ王治世に各地の都市に彼の兄弟が駐留していたことがわかっている。とはいえ、彼の即位が穏便に行かなかった事は、彼が戴冠式を行ったのが即位の4年後であったことや、大臣達の軽蔑を受け忠誠を拒否するものが続出したという伝説などからもうかがわれる。アショーカ王は国内での反乱の鎮圧や粛清を繰り返しながら統治体制を固め、紀元前259年頃、南方のカリンガ国への遠征をおこなった。カリンガ国はかつてマガダ国の従属国であったが、マウリヤ朝の時代には独立勢力となっていた。

ギリシア人メガステネスの記録によればカリンガ国は歩兵6万・騎兵1千・戦象7百を擁する一大勢力であったとあり、マウリヤ朝の中央インド統治にとって最大の障害であった。激戦の末カリンガを征服したが、この時の戦争で多数の人命が失われた（当時の記録によれば多数の徳のあるバラモンが死に、捕虜15万人のうち10万人の人が死に、その数倍もの人々も死んだとある。）。カリンガ国の征服によってマウリヤ朝は南端部を除く全インドと現在のアフガニスタンを含む巨大帝国となったが、アショーカ王はカリンガ戦争のあまりに凄惨な被害を目にして自らの行いを悔い、それまで信者ではあっても熱心ではなかった仏教を深く信奉するようになり、ダルマ（法）による統治を目指すようになったという。

誇張はあるであろうが、アショーカ王が仏教を深く信仰したことは数多くの証拠から明らかであり、実際カリンガ戦争以後拡張政策は終焉を迎えた。仏教に基づいた政策を実施しようとした彼はブッダガヤの菩提樹を参拝するとともに、自分の目指したダルマに基づく統治が実際に行われているかどうかを確認するために領内各地を巡幸して回った。アショーカ王の事跡は後世の仏教徒に重要視され多くの仏典に記録されている。

滅亡
アショーカ王は晩年、地位を追われ幽閉されたという伝説があるが記録が乏しくその最後はよくわかっていない。チベットの伝説によればタクシラで没した。アショーカ王には数多くの王子がいた。彼らは総督や将軍として各地に派遣されていたがその多くは名前もはっきりとしない。そして王位継承の争いがあったことが知られているが、その経緯についても知られていない。いくつかの伝説や仏典などの記録があるが、アショーカ王以後の王名はそれらの諸記録で一致せず、その代数も一致しないことから王朝が分裂していたことが想定されている。

いくつかのプラーナ文献によればアショーカ王の次の王は王子クナーラであったが、彼はアショーカ王の妃の1人ティシャヤラクシターの計略によって目をえぐられたという伝説がある。クナーラ以後の王統をどのように再構築するかは研究者間でも相違があって容易に結論が出ない問題である。しかし分裂・縮小を続けたマウリヤ朝はやがて北西インドで勢力を拡張するヤヴァナ（インド・ギリシア人）の圧力を受けるようになった。『ガールギー・サムヒター』という天文書には、予言の形でギリシア人の脅威を記録している。

…暴虐かつ勇猛なヤヴァナはサーケータを侵略し、パンチャーラ、マトゥラーも侵し花の都（パータリプトラ）にも到達するであろう。そして全土は確実に混乱するであろう。…

? 『ガールギー・サムヒター』

マウリヤ朝最後の王は仏典によれば沸沙蜜多羅[1]（プシャヤミトラ）、プラーナ聖典によればブリハドラタであった。これはブリハドラタとする説が正しいことがわかっている。プシャヤミトラはブリハドラタに仕えるマウリヤ朝の将軍であり、北西から侵入していたギリシア人との戦いで頭角を現していった。そして遂にはブリハドラタを殺害してパータリプトラに新王朝シュンガ朝を建て、マウリヤ朝は滅亡した。その時期は紀元前180年頃であったと考えられている。

王朝名の由来
マウリヤ朝という王朝名の由来は正確には分かっていない。幾つかの伝説やそれに基づく学説が存在するが現在の所結論は出ていない。

チャンドラグプタがパトナ地方のモレ（More）又はモル（Mor）の出身であったことから。 
孔雀を意味する語マユーラ（モーラ）から。 
チャンドラグプタの母の名、ムラーから。 
この他にも様々な説があるが、いずれも問題が多い。出身地名に基づくという説についてはチャンドラグプタの出身地を証明する証拠が何も存在しない。別の伝説ではチャンドラグプタの出身地はヒマラヤの丘陵地帯であるとするものもある。孔雀を意味するという説は後世様々な仏典で採用され、中国語名の孔雀王朝もこれに由来するがマウリヤ朝が孔雀に何らかの特別な意味を持たせていた証拠はない。単に音声の類似によった俗説である可能性が高い。そして、母名についてもチャンドラグプタの母名が本当にムラーであったかどうか確認する手立てがないのである。

遺構
 アショーカ王の獅子の柱頭マウリヤ朝の歴代王達は主にパータリプトラに宮殿を構えた。チャンドラグプタ王を始め、彼らが建設した宮殿については記録が乏しく遺構も殆ど残されていない。アショーカ王以前、パータリプトラの建造物は主要な宮殿や城壁も含めてほぼ木造であり、現在その面影を偲ばせるものは無い。その他の主要都市についても大同小異であり、農村部については現在の所まとまった研究成果も少ない。

チャンドラグプタ王の宮殿についてはギリシア人メガステネスによる記録が残存しているが、実際の姿がよく知られているとは言えない。ただし、アショーカ王の宮殿はマウリヤ朝の宮殿の中では少ないながらも記録が残されており、その遺跡も発見されている。彼の宮殿の遺跡はパータリプトラの南方、現在のクムラーハル村に存在した。宮殿はレンガ作りであり、ペルシア建築の影響を受けたと考えられる石柱が並んでいた。

宮殿に限らずマウリヤ朝時代の建造物として残るものはその多くがアショーカ王ゆかりのものである。アショーカ王が各地に建てた仏塔、石柱や、カリンガ国征服の際に法勅を刻んだ摩崖、及びそれと同種の物がインド・パキスタンの各地で発見されており、これによってアショーカ王時代のマウリヤ朝の征服範囲が推定されている。アショーカ王が数多くの遺構を残していることは彼の時代のマウリヤ朝の国力を証明するものである。

こういった事情のため、マウリヤ朝の歴史や国制の研究はアショーカ王時代についての部分が多くを占める。

国制

宮廷
君主制国家の常として宮廷が政治に占める割合は大きかった。内部組織などはなお不明点が多いが、残されたいくつかの記録から当時の宮廷生活の一部を復元することが可能である。

王の生活
マウリヤ朝の王は、初代王となったチャンドラグプタの側近であったカウティリヤの思想の影響を強く受けたといわれている。彼は『実利論』として知られる著作を残しており、後世のイタリアの思想家マキャヴェリとよく比較される。

…王は眠りより覚めた時、弓を持つ女達によって囲まれる。第2室において衣を奉ずる者、冠を奉ずる者、老いた宦官、下僕によって囲まれる。第3室において背虫、侏儒（小人？）、林に住む人によって囲まれる。第4室において顧問官、親族、槍を持った門兵によって囲まれる…

? 『実利論』
この実利論の文章はあくまで机上のものであり、また後世変更が加えられている可能性もあるが、当時のあるべき王の姿の一端を見せるものである。

ギリシア人メガステネスの記録によれば、王は諸々の陰謀に備えるために昼間に眠るような事はなく、暗殺を恐れて寝台を常に移動させていたという。裁判のために外出した時には一日それを妨げることを許さず、時に按摩をされながら訴訟を聞き続けたという。また、アショーカ王は自身の残した碑文の中で、いつ如何なる時でも上奏と裁可を絶やさない事を宣言している。

マウリヤ朝の初期の王達は狩猟を頻繁に行った。特に2，3人の女性を伴って狩猟に向かったが、移動の際には王が通る道は縄で区切られ、その中に侵入した者は死刑となった。狩猟の際には王は囲いの中で台座から獲物に矢を放つが、囲いの無い場所で狩猟をする際には象の上から矢を放ったという。チャンドラグプタ時代の宮廷の様子を記したメガステネスの記録は、その物々しさを伝えている。

当時、王が狩猟を行うことの是非について論争があり、狩猟をすべきだという主張が採用された。この論争の際、カウティリヤは王の心身の鍛錬に有効であるとして狩猟を大いに奨励し、チャンドラグプタ王からアショーカ王の時代まで王が各地に巡幸して狩猟を行うことが慣習化されていた。狩猟の習慣はアショーカ王の治世10年に廃止され、変わりにダルマに基づいた政治を各地に伝え、それが実際に行われているかどうかを見て回る「法の巡幸」が行われるようになった。

後宮
多くの古代王朝と同じくマウリヤ朝の王達も複数の王妃を迎えるのが一般的であった。アショーカ王の文書の中には「諸々の皇子と他の王妃の諸王子」という文言が登場するものがあるが、これは前者がアショーカ王の息子達、後者がアショーカ王の異母兄弟を指すといわれ、両者の間には地位上の差があったことが推測される。しかし具体的な相違はよくわかっていない。

後宮が制度として存在したのは確実であり、メガステネスの記すところによれば女官が王を殺害しその息子と結婚して王妃に収まることがあったと記録されている。ただし彼がインドを訪れたのは初代王チャンドラグプタの治世なので、この説話はナンダ朝等マウリヤ朝以前の王朝、あるいは他国の話を受けたものか、当時王に脅威として恐れられていた事態を書いただけのものであるかもしれない。

統治機構
マウリヤ朝は高度に発達した政府組織を保持していたが、ここもやはり史料的制約によって全貌は今なお知られていない。主にアショーカ王時代の勅令などからは「会議」（パリサド Parisad）などの政府組織や、「大官」（マハーマートラ Mahamatra）などの官職などが復元されうる。

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         <pubDate>Sun, 08 Feb 2009 15:48:48 +0900</pubDate>
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